過去と未来紡ぐ和光市 その3 まるで京都!お寺の隣にお寺がある新倉地区

少し間が空いてしまいましたが、和光市の紹介に戻ります。

新倉ふるさと民家園を出て、新倉地区を歩きました。

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渡来人から生まれた「にいくら」の名


ふるさと民家園があるこの一帯は和光市新倉地区。

この新倉とは、この地や朝霞市や新座市などにまたがっていた新座郡(にいくらぐん)に由来するといいます。

そしてこの新座の由来というのが、1300年近く前に朝鮮半島を支配していた新羅国。続日本紀によると、奈良時代中期の758年に日本に帰化した新羅の僧侶らが渡来し、朝廷は彼らをこの地に住まわせこの地が新羅郡(しらぎぐん)と呼ばれるようになりました。ちょうど今の日高市周辺にあった高麗郡と似たような経緯です。

その後この新羅郡は新座郡とその読みを変え、いつしか「にいくらぐん」と呼ばれるようになりました。このにいくらの読みを受け継いだのがこの地にできた新倉村でした。

同村は1943年に西半分の白子村と合併し、和光市の前身である大和町が誕生したというわけです。

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街のシンボル・長照寺の大イチョウ

創建年代は不明も…

そんな新倉地区には歴史的なスポットも多く存在しています。

そのうちの一つである光明山長照寺にやってまいりました。

真言宗智山派の同寺の創建は定かではありません。ですが、本尊の十一面観音は江戸時代初期の作とされており少なくとも400年前から存在していることになります。

他にも市内最古の地蔵や女性が建てたという珍しい観音が残っている、新倉を代表する歴史的スポットです。

新倉の生き証人・長照寺の大イチョウ

そんな同寺にあるのが、樹高約29mで幹回り7.53mという巨大なイチョウの木です。

和光音頭の一節にも「ハァー空を抱えたあの大銀杏、雨やあらしに堪えてきた…」と歌われる同木。

樹齢はおよそ700年とされ、鎌倉時代から新倉地区の人々の生活や歴史を見守ってきた生き証人とも言えます。

その根は隣にある坂下公民館あたりまで達していると言われており、その樹乳を煎じて飲むと母乳がよく出るという言い伝えもあるそうです。

今は夏ですが、秋になると見事な黄金色で覆われ300kg近い銀杏を算出するということです。

大イチョウから生まれた妖精

そしてこの大イチョウの木から生まれた妖精が、和光市のゆるキャラ「わこうっち」。

市への愛着の醸成や地域活性化等を目的として2011年に誕生したキャラクターで、市内在住の拮石(はねいし)智美さんがデザインしました。

出生の地という同寺には石像も建っているんですよ。

スポット紹介

◇長照寺

  • 住所: 埼玉県和光市新倉3-3-35
  • 電話番号:048-461-1349
  • アクセス:和光市駅北口から徒歩約17分

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桜も紫陽花も見応えあり 壹鑑寺

元は川越にあったお寺

続いてやってきたのが、長照寺の隣にある曹洞宗壹鑑寺(いっかんじ)。

シーズンは終わってしまいましたが、春になると正面にある桜が見事な花を咲かせる市内有数の桜の名所です。


元々は酒井壱岐守忠重が1650年に川越に開いたのがはじまりという同寺。その後忠重が新倉村を治めるにあたり寛永年間にこの地に移ってきました。

墓地には忠重の墓も存在しています。

本堂脇に咲く紫陽花

そんな同寺の本堂脇には、今の時期は綺麗な紫陽花が花を咲かせています。

立ち入りはしませんでしたが、お寺の裏手の同寺所有の土地にはところどころに紫陽花が植えられており、沿道から見ると綺麗な花を咲かせているのがわかります。

桜の季節だけでなく、今の時期にも行ってみたくなるお寺です。

スポット紹介

◇壹鑑寺

  • 住所:埼玉県和光市下新倉4-19-45
  • 電話番号:048-461-1245

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