今回から本格的に和光市の見どころをご紹介してまいります。

まず向かったのは、先端的な同市のイメージを覆すようなこちらのスポットです。

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イメージと真逆!?懐かしの気分に浸れる場所

街を貫く外環自動車道

街の玄関口である和光市駅の北口にきました。今回はここからスタートです。

駅から10歩も歩くと広がっているのが住宅地。後に取り上げますが中心街となっている同駅南口と対照的に、北口は専ら生活環境となっています。

そして駅から3分ほど歩くと見えてくるこちらの構造物。これは同市を南北に貫く東京外環自動車道の地下部分です。

平成の振り返り回でもご紹介しましたが、同道は1992年に同市和光インターチェンジ〜三郷ジャンクション間で開通しこちらは第1期区間となります。

以来1994年には大泉ジャンクションとも結ばれ、同市の重要な交通インフラとなっています。

突如現れる古民家

同道を超えて進んでいくと、駅から10分ほどにも関わらず緑が多くなってきました。

そしてふと目をやると、立派な門が開いています。中に入れるようなので入ってみましょう。

門を入った先にあるのが、この映画にでも出てきそうな藁葺き屋根の古民家です。

え、和光市ってすごく先端的なイメージがあったのになんでこんなものがあるの!?

ふるさとを感じられる場所

ここは新倉ふるさと民家園という同市の施設。

約2,000㎡の敷地に同市指定文化財となっている旧冨岡家住宅の維持保存とふるさとの伝統文化を学べる場として、2006年に開園しました。

昔ながらの文化を楽しめる場としてベーゴマや羽子板などの遊具や井戸や畑、さらに昔ながらの農具などもあります。さながら古い時代にタイムスリップしたような気持ちになれますね。

管理運営には同市と市民団体「和光市古民家愛好会」の皆さんがあたっています。

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屋根にも花が咲く古民家

解体危機から保存へ

そして同園のメインとなるのが、この旧冨岡家住宅。

茅葺寄棟造りの1階建でおよそ46坪の同家は4つの部屋から構成され、創建時期ははっきりしていませんがおよそ350年前の元禄頃とされています。

以来同市域内に建っていたのですが、1988年に前述の東京外環自動車道を建設するにあたり解体されることになりました。それにあたり、冨岡氏より解体部材一式が同市に寄贈されました。

その後2002年に行われた調査の結果、県内で最古の部類に入る民家であることが判明し、翌年に同市指定文化財に指定されました。

そして2005年よりこの地で復元工事が行われ、創建当時の外観で復元されたというわけです。

カマドも再現された広い土間

では、実際に同家に入ってみましょう。

入ってすぐ目に入ってくるのが、同家のおよそ1/3を占める広々とした土間です。

ムシロ編みの作業場や台所として使われていたこの土間。古い農機具やカマドもそのまま置かれています。

あまりの広さに7本も柱が建っており、多くの柱で梁を支えています。

実際に火が灯る囲炉裏

そして土間からは3間四方で板張りの座敷に上がることができますが、この境には囲炉裏が再現されており実際に火も灯っています。

天井には神棚も再現されたこの座敷は、居間として使用されていました。

囲炉裏があることで、日常客の接待に用いられたこともあったようです。

畳敷きなのに玄関!?

その居間の奥にはゲンカン・デイ・オクという3つの畳敷きの部屋があり、いずれも主に客間として使用されていました。

このうち表側に設けられたゲンカンは5畳の畳敷ですが、貴人の出入り口とされたことでその名がつきました。

ここからは当主であっても出入りすることはなかったそうです。

そしてゲンカンから中に入るとデイとオクという10畳の畳敷の部屋があります。

デイの方が梁が高く、深谷市の中の家のように客人に最上級のゆとりを持って過ごしてもらえるように設計されているようです。

屋根に咲く四季の花

今度は同家の外に目を向けてみます。

少し高いところに登って同家の屋根を見てみると、頂部に草が生えているのが見て取れます。

これはくれぐしという手法。一番痛みやすい屋根の頂部に土を撒いて草木を植えることで、風雨から家を守るための造りです。
時代背景を考慮してこのくれぐしが再現されています。

この部分には芝にユリ、あやめ類の球根が植えてあり、開花時期になると綺麗な花を咲かせてくれます。

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