こんばんは。
気を取り直して大宮以外の埼玉・毛呂山町編に戻るとしましょう。
まさかまさかの謎の村
踏切のその先には…
宿谷の滝でリフレッシュしたことだし、今度は毛呂山の市街地方面に出てみようか。
そう思い、再びハンドルを握り町の中心部へと移動していきます。
そうして先ほど通ってきた県道30号線、さらにその先にあるJR八高線の踏切を横断。
あたりにあまり人影は見られないのだな。
踏切を過ぎると、なんだか映画のワンシーンに出てくる道のよう。
一体この木々が生い茂る道の向こうには、一体どんな世界が広がっているのだろう?
視界に飛び込む謎のポール
すると目の前に広がるのは、まるで新興住宅街の入り口のような空間。
一体ここはどこなんだろう。
ん?左側になんか立ってるぞ。
「この道より我を生かす道なし
この道を歩く」
なんじゃい、これは?
辺りを見渡すと、ねぎ畑に巨大な太陽光発電パネル。
集落のようだけど、それにしたってなんだかアレな空間だ…。
それでも気になっちゃう空間
なんだろう、この怪しげな空間は。そうなるとかえって興味が湧いてしまう。
そんな好奇心満載の気分で再びハンドルを握ります。
とかなんとか余裕ブッこいていると、こんなものが視界に入ってきた。
「この門に入るものは自己と他人の
生命を尊重しなければならない」
ひえええぇぇぇぇぇぇぇ…、一体ここは何なのよ!!!??
人間らしく生きる理想郷
提唱者はあの文豪
教科書にも出てくる文豪で白樺派の代表的な作家である武者小路実篤が提唱した理想郷、すなわちユートピアです。
「人間らしく生きる」「自己を生かす」社会の実現を目指して、実篤とその協力者によって、今から100年前の1918年に宮崎県児湯郡木城村に当初は設けられていました。
ですが1938年に同地がダム建設によって水没してしまうため、この毛呂山の地に移ってきたというわけです。
ちなみに画像のテントのような家は、当時設けられた家を復元したもの。
なんだか、軽いキャンプ気分ですね。
受け継がれし村の精神
村での生活にあたって、実篤が提唱した精神は以下のようなもの。
- 全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長させることを理想とする。
- その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。
- その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に他人の天命と正しき要求を害してはいけない。
- 全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとる事で全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ正しく生きられ、天命(個性もふくむ)を全うする道を歩くように心がける。
- かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ全世界の人が實行する事を祈るもの、又は切に望むもの、それは新しき村の会員である、我等の兄弟姉妹である。
- されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入る事で、入ろうとすることで、それ等の人が本当に協力する事で、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。
すなわち、他社の自我を害さない限りで、各個人が自分らしい生き方をしていくことを理想としているようですね。
村外でも当てはまることではありますが、我々も大切にしていきたいですね。
農業で自給自足
実篤自身は1976年に90歳で亡くなりましたが、財団法人新しき村によって今日も運営が続けられている同村。
近年では高齢化も進行しているようですが、この精神に共感した10人ほどの村民と、新しき村会会員である約150人の村外村民が暮らしています。
画像のようなお茶や米や野菜といった農産物だけでなく、敷地内で養鶏を行うなど手広く手がけているようです。
これらを自分たちで摂取するだけでなく、後述するように販売を行うなどして収入を得ています。
ホッコリしてくる楽しい村
昼ごはんはみんなで仲良く
では、実際に村を巡っていきましょう。
手書きの村内案内図や、村の印が描かれた公会堂。
なんかホッコリしてますね。
こちらの建物では主に村民を集めての催し物や各種集会が行われているとのこと。
掲示板があったり、さながら公民館といったところでしょうか。
そして漂ってくるいい匂い…。
準備をされていた方によると、こちらは農作業をされている村民に振る舞うもののようです。
昼の時間になると、みんなで公会堂に集まって食べるようですね。
なんだか学校みたいだ。
もちろん野菜は無農薬
村内で収穫された農産物は、公会堂内で主に販売しています。
販売している商品はしいたけにかぼちゃ、お米など。
いずれも無農薬の有機栽培を行なっているとのこと。
季節によって並ぶ品目も異なるようですので、なんども足を運びたくなりそうです。
本だけでなく、絵画も圧巻!
また、村内には実篤が残した絵画や遺品を展示する新しき村美術館も存在しています。
内部の撮影は不可でしたが、あの志賀直哉にも絵が上手いと言わしめた実篤。
主に7、80代の頃の作品を展示しているのですが、村で採れた野菜などを生き生きと描いておりなかなかのものでした。
いずれの作品にもそれを描いた時の年齢を残しているのですが、75とか86とか描かれたものを見ると、改めて1970年代当時としては長生きだったのだなと感じます。
これもやはり新しき村の精神に則り、自我を高めて生きてきたからということだからでしょうか。
懐かしのチンチン電車
今では見ないお宝
ところで、村内には今では珍しいお宝を展示しているという噂が。
いったい何だろう。
そのお宝を目指して、村の奥へと回ります。それ目当てと思しき人影も見かげますね。
すると見えてきたのが、もしかして…!?
元は幼稚園だった電車
走っているのはみたことないけど、懐かし~!
でもなんで、こんなものがここにあるのだ?
1968年に廃車になったものを東京都から譲り受けて、子どもたちに親しまれていたようですね。
その後幼稚園は1984年に閉園となりましたが、学び舎として親しまれていた都電は修繕を受けながら今日までこの地に残されています。
シートなどは取り外されていますが、中の状態も良好なようです。
今週日曜日は100周年記念祭
なお、今週16日(日)10:00~15:30には元の新しき村が開村して100年を迎えることを記念して、同村で100周年記念祭が開催されます。
当日はバザーや古本市をはじめ、詩の朗読などの催しが村内で行われるようです。
この都電も記念祭に向けてお色直しが行われていましたので、足を運んでみてはいかがでしょうか。
次回は皆様お楽しみの食事回です。
次回も見てくれないと、暴れちゃうぞ!
つづく
スポット紹介
◇新しき村
- 住所:埼玉県入間郡毛呂山町大字葛貫423-1
- 電話番号:049-295-5398
- 営業時間:10:00〜17:00
- 定休日:月曜日(祝日の場合は開館)、年末年始(12/26~1/4)
- 入館料:一般¥200/高校生以下¥100/団体10名以上1人¥150円