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【愛と哀しみの埼玉の歴史】千葉には負けられない!大昔の埼玉には海があった その2

お世話になっております

 

あ~あ、海なんてどうでもいいから、早く上がってくれよ

 

もはや末期でございます…

昇格するまでこんな感じかも…

全てにおいて終わりの始まりみたいなこんなページにアクセスくださった皆様、本当にご迷惑おかけいたします

 

さあて、今日も昨日の続きを書いていきますか

愛してるぜ、we are ora・・・・・・・

 

前回までのあらすじ

 

前回を読めばわかる

 

(テケトーでごめんねー)
 
 

今はド山地なのに…

これが昔の秩父どぇーす

ま、細かい説明は前回を読んでいただければわかるとして…


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秩父湾と呼ばれる湾が作られていた秩父地域

その秩父湾の海岸線とされていたエリアからは、いずれも寒流で暮らす生物たちが生息していたといいます
 

昔の秩父にはアレが泳いでいた!?

これが、寒流が流れていたころの秩父湾の姿

よく見てください

 

内陸県にクジラが泳いでいたんですよ?

 

信じられます?

太古の昔に、梅林が有名な越生、これから夜祭でフィーバーなド山地の秩父にクジラが泳いでいたんですよ?

 

そうなんです

このころの秩父には、カニやカキ、クジラなどの生物がすんでいたということです

内陸県埼玉、それも山地で海の要素まったくもってゼロなのに

 

それでもこの海岸線は長く続かず、海水が刻一刻と東南の方へと動き始め、海岸線も移動していったといいます

 

秩父にジョーズというジョークはおじょーず?

そうして、秩父湾も後半に入ると、秩父湾には暖流が注いできたといいます

暖流や寒流って、黒潮や親潮で有名ですよね

 

そのころの様子がこちら

海岸線は多少東側にずれましたが、なんとサメが棲んでいたとのこと

ひええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!

 

武甲山にはサンゴ!?

そして、武甲山ふもとの、この時代の化石からは、こんなものの化石も見つかっています

 

そう、サンゴです、サンゴ!

今や日本だと沖縄くらいでしか見られなくなってしまいましたけどね

 

あの武甲山からサンゴなんて、なかなか信じられないですよね~

 

こんな生物もいました

ちなみに、このころ、約1500万年前になるのですが、秩父にはこんな生き物が生きていたといいます

 

これ、なんだかわかりますか?

 

答えはパレオパラドキシア

約1,300万年前に絶滅した束柱目の哺乳類です。

ちなみにパレオパラドキシアって、古代の不思議な生き物っていう意味らしいです

 

秩父でパレオと言えば…

パレオって聞いて、水着もそうですけど、埼玉だけにアレを思い浮かべませんか・・・!?

これだよこれ

羽生と三峰口を結ぶ、秩父鉄道が運行する、東京から一番近いSL列車パレオエクスプレスです

このパレオっていうのは、秩父で化石が発見されたパレオパラドキシアから来ているんですよ!

 

土日を中心に運行を続けているこの列車

三峰口から熊谷までを結んでいます

乗ってみたいという方は整理券が必要ですので、こちらから予約を!

 

そうして秩父が生まれる

しかし、この秩父湾も長くは続きませんでした。


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造山運動が起きて、浅いところから順次干上がっていきました

そして、昔の秩父湾のあとには、厚い土砂や小石の層約5000mが積み上がっていき、約100万年前に現在の秩父盆地が出来上がっていったといいます。

今でこそ、ミューズパークができたりしていますが、そんなドラマがあったんですね

泣けるで~

 

 

いかにして大宮ができたか

まだまだお話したいことはたくさんあるのですが、わが町大宮の土地がいかにしてできていったかをご紹介できればと思います。

 

10万年前までは海の底

秩父は100万年前までにはできていたのですが

わが町大宮は、10万年前までは海の底でした…

南は三浦半島や房総半島、北は福島の阿武隈山脈まで海だったようです

この時の海は、古東京湾と呼ばれております。

 

活発に起こる火山活動

そうして数万年前に海退で古東京湾が消滅していくにつれて、大宮の土地は界面から姿を現してきたといいます

その頃西南側の箱根山、北側の赤城山や榛名山が噴火を繰り返し、噴出された大量の火山灰が関東一円に降り注ぎ、武蔵野ローム層と呼ばれる地層を作り出しました

 

そして川ができる

海が後退していったことで、利根川や荒川などが陸地にでき、大地を侵食していきました

今でこそ、埼玉は川の流域面積が広く川の県なんていわれますけど、それはこの後退による置き土産なのですね

 

富士山も噴火!

さらに、旧富士山も噴火して大量の火山灰を撒き散らし、立川ローム層と呼ばれる地層が関東一円に生まれました

この立川ローム層と、先に生まれた武蔵野ローム層を、合わせて関東ローム層といいます

おお、地学選択の血が騒ぐ!

 

この噴火が起きたのは約3万年前なのですが、この頃の地層から石器も見つかっており、既にこの頃から人類が生活していたことが伺えます。
 

海面が消えて陸地に

その後3万年前から1万年前にかけて、今度は逆に海面が上昇し、台地の淵まで迫ってきたといいます。

この時できた湾は、奥東京湾というそうです

 

ですが、この海面上昇も約1万年前に終わり、今の関東平野が出来上がっていったということです。

この頃から縄文時代が始まり、本格的に日本史が始まるというわけですね!


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以上、チバニアンにかこつけて、埼玉の土地ができていった過程を振り返ってみました

いや~、秩父にクジラが泳いでいたなんて、衝撃以外の何物でもないですね!

 

そんな感じで、今回の歴史ネタを締めたいと思います。

お付き合いありがとうございました

 

 

参考文献

◇大宮市史 第1巻 考古編

  • 著者:大宮市
  • 出版:大宮市
  • 発行年:1975年

※その他前篇と同じく秩父市史も

 

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