嵐山町で最後に紹介するスポットが鬼鎮神社(きぢんじんじゃ)になる。
武蔵嵐山駅から北東に1kmほど歩いた場所にあるが、全国でも数社しかない鬼を祀る神社として有名だ。
全国でも希少 鬼祀る神社
荒涼とした境内
鳥居から拝殿へと向かう。鳥居前には大きく同社名が刻まれた石碑が建てらているが、鬼鎮神社とは文字にするだけでもなかなか物々しい。
境内はなかなかに広いが、参道沿いに木が並んでおらず土むき出しでやや荒涼とした感じを受ける。これも「鬼」を社名に冠するためであろうか。
鳥居や参道沿いに建つ鳥居もなかなか年季の入ったものに見える。
拝殿で見つけたもの
石畳の参道を歩き拝殿へ至った。
見事な曲線美を描く瓦屋根と幾多もの年を経た梁がまた侘び寂びを感じさせる。
そんな拝殿には干支、ではなく横に並ぶ赤鬼と青鬼の額が飾られている。名前の通りこんなところにも鬼が出ているのがまた面白い。
賽銭箱の横には鬼の金棒。金属バット大のものからこどもの背丈ほどのものもあり、いかにも鬼が振り回していそうだ。
他にも拝殿の屋根に鎮座する瓦は、言わずもがなの鬼瓦。
鬼門除けから勝負の神へ
同社の由来
約800年前の寿永元(1182)年、同社は同地域に居を構えた畠山重忠の鬼門除けの守護神として鎌倉街道沿いに建てられた。
祭神は衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)・八衢比古命(やちまたひこのみこと)・八衢比売命(やちまたひめのみこと)。
特に衝立船戸神は伊邪那岐命が黄泉の国を訪れた後、禊祓いの杖を投げ出した際に生まれ出た神である。そこから悪魔払いや家内安全商売繁盛など強い力を授ける神として信仰されるに至った。古来より鬼は人を襲う畏怖すべき存在ではなく、憎しみや嫉妬で人が変化したものとも捉えられてきた側面もある。それゆえ悪魔を払うからこそ人間味のある鬼を祀っているということなのかもしれない。
鎌倉時代以来武蔵国を中心に活躍した坂東武者や出征兵士の崇敬が篤く、今では受験の神様として受験シーズンには多くの参拝客を集める。
鬼も内な節分祭
そんな同社の特徴的な祭祀が毎年2/3に開催される節分祭。
同社最大の祭祀となる同祭では「福は内、鬼は内、悪魔外」と、鬼も一緒になって福豆やみかんなどを撒く。前述したように他の妖怪に比べて人間味がある存在だからこそ、鬼も内に入れるということなのか。
また、同社のお守りは鬼の金棒の形をしており受験のお守りとしてご利益も高いという。