【ご報告】多くの励ましをいただき、本当にありがとうございました

お世話になっております。

2日ぶりの更新となります。

いつものように本投稿ではないですが、皆様に無事を知らせたかったのでまたこのように投稿させていただきました。

私事ですが、ご了承ください。

 

ご存知かと思いますが、おととい12/27に私の母が自ら命を絶ち、この世を去りました。

母の愛情を多く受けていた子どもという身分からすると、とても残念でしたし、なにより一人残された父がとても悲しんでいます。

 

ここから書こうとしていることを、悪く思われる方もいらっしゃるかもしれません。

それでも、思っていることを率直に書きます。

 

あまり詳しく書きたくないのですが、母は自宅で自ら首をくくり、この世を去りました。

当日、父は映画を見に出かけていたのですが、その前に父に写真を撮ってくれと言ったそうです。

あまり写真を撮ってほしくないのに、なんでなんだろうと父も思っていたそうですが、デジカメで写真を撮り、出かけていきました。

痩せてしまった写真も撮ってほしいと母は言っていたそうですが、父からすると遺影に使ってもらおうとしていたのではないかということでした。

 

そうして父が夜の9時ころ帰ると、母の姿が見えない。

息子や娘のところに行ったのではないかと連絡をくれたのですが、こちらには来ていなかった旨、伝えました。

さらに、その後、母がいつもつけていた日記には「これでおしまい、さようなら」と書かれていたと話していました。

 

後で聞いた話ですが、ここ5日ほど母はずっと寝たきりで「生きる気力がない」とつぶやいたそうですが、死の前日には起き上がって食事も大いにとり、父と一緒に家事を行うなど、至って平常のようだったということです。

父も、何とか生きる気力を取り戻してくれたのかなと思った矢先の、この出来事でした。

 

話は戻るんですが、母がいない旨を伝えた後に、もし一日たって戻ってこないようであれば警察に捜索願を出してみてはどうかと話しました。

実は、15年以上前の話ですが、家族で岩手の八幡平に山登りに行った際に、母だけはぐれてしまったということがありました。

母以外の家族は先に目的の旅館に着いたのですが、母の安否を心配する父に対して幼い私が告げた言葉が、やはり「警察に連絡してはどうか」でした。

結果的に山岳救助隊の捜索で母は見つかり、命拾いしたということがありました。

 

そうしてみるということでいったん幕引きとなったのですが、次の日の朝、2階で物音がする。

それで父が確認してみると、母が冷たくなって見つかったということです。

父もその時は「俺を残していってしまうのか」と叫び、母を降ろしたということでした。

そうして朝、警察の検死があり、私も遅れて合流しました。

 

 

始めて母の遺体と対面した時、心の中でこう思いました

「こんな人生で満足か?」

年の瀬ということであと数日で新しい年、しかも母はあと半年で還暦だったのです。

先の遭難もそうですが、生前がんの手術や交通事故など、様々な命の危機があったにもかかわらず生き延びてきたのに、このように自ら命を絶ってしまいました。

私の力不足が大きいのですが、まだ孫も抱かず、59年というあまりにも中途半端な年齢で、「私には2018年はない」という思いの下、遺書らしい遺書もなく自ら命を絶つ、これほどひどい終わり方はありません。

 

生前、母は「自分の親よりも先に行く子どもがあるか」と言っていましたが、母方の祖父も健在です。

あれは口だけだったのかと思ってしまいます。

 

私が母に最期に会ったのは今年のクリスマスイブでしたが、その際母は私に「身なりには気を配れ」と言い残し、それが母からの最期の言葉となりました。

それでも、首つりだけに母の死に顔はお世辞にもきれいとは言えなかったですし、人にみとられて亡くなったわけではないので、死亡届には「死亡推定時刻」が書かれることになります。

自分としては、死亡時刻ではなく死亡推定時刻と書かれることがとても悲しかったですし、これじゃ犬死と同じじゃないかと思わず叫んでしまいました。

 

何よりも悲しいのは、このように実の母親が亡くなったのに、このような最期を迎えたことに憤りややるせなさを感じていることが一番悲しいです。

いずれは母を失った喪失感に変わっていくのでしょうが、この複雑な思いをどこにぶつけるべきなのかと思ってしまいます。

 

 

話は変わりますが、先日母の死去について書いたところ、非常に多くの方々がアクセスしてくださりました。

普段はそこまでアクセスはないのですが、この日に至ってはいつもの8倍以上のアクセスがあり、皆様が弔問に来てくださったものと思っております。

あわせて、あまりこういう話はしたくないのですが、アフィリエイトの広告収入につきましても多くを計上いたしました。

父にもこれは話しましたが、皆様からの香典ということで頂戴し、母の葬儀のお花代にあてさせていただきます。

 

WEBに書いていることですので、ひょっとしたらでっちあげの炎上商法なのかもしれないと思われている方もいらっしゃるとは思います。

でも、母がこのような最期を迎えたことは事実ですし、何より顔もわからない相手、それも本人ではなくその母親の死なのに、このように多くの方々から励ましをいただいたこと、本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。

 

実は、このサイトを始めようとしていた時に、母にそのことを話したら大反対されたことがありました。

それでも大宮サポーターの皆様はじめ、地域の皆様や大宮にいらっしゃる皆様の為と思って細々と始めさせていただきましたが、ぐるナビなどにも劣る一個人の落書きなのに多くの皆様の目に留まっていただき、そして私と同じく、むしろこの死に納得がいかない私に代わって母の死を悲しんでくださる。

このような皆様とつながれたこと、私は一生忘れません。

 

あらためましてお礼を申し上げます。

本当にありがとうございました。

 

だいぶ書いたらすっきりしました。

明日くらいから徐々にいつものみ~て大宮に戻って行ければと思います。

 

御心配おかけし、本当に申し訳ございませんでした。

 

そして、皆様いつも本当にありがとうございました。

これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

2017年12月30日

み~て大宮 管理人

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