こんばんは。

今回からは久々の愛と哀しみの埼玉の歴史シリーズです。

直接埼玉ではないのかもしれませんが、今回は割とホットなこちらのネタをご紹介。

 

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埼玉のヒーローに大ピンチ!?

衝撃の声優降板

今月初めの6/1。

来たるW杯に胸踊る埼玉、いや日本中に衝撃を与えるニュースが流れました。

皆様もご存知なことでしょうが、埼玉県春日部市を舞台とするアニメ・クレヨンしんちゃんの野原しんのすけの声を務める矢島晶子さんが今月いっぱいで降板となることになりました。

 

声の維持に限界が…

1992年の放送開始から26年にもわたってしんちゃんの声を演じられてきましたが、しんちゃんの声を保っていることに限界を感じられ、降板を申し出られたということです。

声の維持にあまりに集中しすぎて、自然な演技が難しくなり、他のキャラクターのオファーが来ても固辞せざるを得なかったのだとか。

確かに特徴的な声だけに、維持は難しそうだものなぁ…。

 

降板まで1カ月足らずでしたが、この時点で後任は調整中。

いったいこの先どうなってしまうのかと、大いなる絶望を覚えたニュースでした。

SAITAMAを知らしめた立役者

思えば小さな頃からクレしんに慣れ親しんできた自分としては、矢島さんのしんちゃんが身近なものだと思っていましたが、いざ降板となってしまうと一抹の寂しさを覚えたものです。放送が始まった90年代初頭、いわゆる「ダ埼玉」の風潮が残っていたため埼玉のイメージはお世辞にもいいとは言えませんでした。

しかし、埼玉の春日部(劇中では春我部)を舞台にしたクレヨンしんちゃんが一世を風靡すると、そんな埼玉のイメージも大きく変わってきたように思えます。

もちろんそこにたどり着くのは平坦な道のりではなかったですが、そこには矢島さんの功績も非常に大きいと思います。

矢島さんに敬意を示して、今回の愛と哀しみの埼玉の歴史はそんなしんちゃんの軌跡を振り返っていこうと思います。

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成人雑誌発のホームドラマ

かなりエグかった連載初期

まずは簡単にアニメに先立ち漫画のしんちゃんが始まった経緯をお話ししましょう。

クレヨンしんちゃんが漫画作品として初めて掲載がされたのは、今から28年前の1990年。

ドラえもんは、小学●年生(●の中は各学年)という小学生向けの雑誌で連載が始まりましたが、

しんちゃんが連載されたのは、双葉社が発行する漫画アクション。対象年齢がアダルト層の、いわゆる成人雑誌の範疇に入る雑誌です。

作者である臼井儀人先生が同誌に連載していた、4コマ漫画のキャラクターの幼年期編が好評だったため、そこから奔放な幼稚園児を描こうということで次回作として連載することにしたといいます。

幻の連載初回

ちなみに初めて連載された回では、しんちゃんは幼稚園への転校生として描かれていました。

転校生としてクラスのみんなの前で先生に紹介されているときに先生のスカートの中に潜ったり、粘土工作で犬の交尾を再現したりと、普通の5歳児が考えつかないようなエグいネタを見せていました。

なお、この第1回連載はしんちゃんが転校生であるなど現在の設定と矛盾する箇所があるので、単行本には掲載されていません。

興味ある方は国立国会図書館(20歳以上)で確かめるか、ネット上に動画も上がっていますのでそちらもご参照ください。

 

これ以降も「プロレスごっこ」や「大人のおもちゃ」「ぞうさん踊り」など、かなりキワどいネタや親を呼び捨てにするなどいささか乱暴な言葉遣いなど、キッズ層が読むような漫画とはかなりズレている作風で連載が続いていくのでした。

つなぎ作が大ブレイク!

その後舞台を作者が当時居住していた春日部市として、連載を続けていたしんちゃん。

転機が訪れたのは1992年4月。なんとテレビ朝日でアニメ化されることが決まりました!

ただ制作サイドとしてはそこまで力を入れていなかったらしく、半年もてばいいとまでいう下馬評だったと言います。

予想外の大ヒット

初回の視聴率こそ4.0%台でしたが、原作を受け継いだ作風が子どもたちにウケたのか放送1ヶ月で10%を超えるなど、たちまち人気コンテンツに成長。

これには制作サイドも予想できなかったらしく、半年という枠を超えて放送が継続されることになりました。

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