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【愛と哀しみの埼玉の歴史】昔の大宮駅は池袋の真逆だった!?西武大宮線 その2

お世話になっております。

ぬうううううぅ・・・

台風のせいで沖縄に残留だぁ・・・

こんなはずじゃなかったのにぃ〜!

 

こうなったら、西武大宮線ネタで暴れてやるぜ!!

みんな、ついてきてくれええええええ!!

前回までのあらすじ

1902年 川越馬車鉄道設立

1903年9月 川越電灯設立

1903年10月 川越電灯と川越馬車鉄道が合併し、川越電気鉄道に


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1904年3月 電気鉄道の建設許可を受ける

1906年4月 川越電気鉄道 大宮と川越間に開業

1913年 秩父の神流川水系に水力発電所を設立、武蔵水電株式会社に改組

1921年 電力部門が帝国電燈に合併され、鉄道部門が西武鉄道に譲渡 西武大宮線に ←今ココ

 

詳しいことは昨日の投稿読んでちょ・・・

 

 

当時の大宮駅の地図を見てみた

これが西武大宮線のあった大宮駅の地図だ

まあ、少し時代が先をいってしまうかもしれませんが、西武大宮線が走っていた頃の大宮駅の地図がこちらです。

大宮駅の西側から伸びている路線がありますが、これが西武大宮線です。

なんでこのころは西武だったのに、川越電気鉄道って書いてあるんだ・・・

 

そして東側には総武鉄道という路線

これは今では東武野田線として走っています。

 

東に東武、西に西武

そんなわけで

東に東武、西に西武の路線が発着しているというわけです

 

東に東武、西に西武

東に東武、西に西武・・・

 

お?

 

そう、だから東に西武で西に東武の池袋の逆というわけなのです!

いや〜、大宮がそんなだったなんて、意外〜!!

 

もっとも、西武大宮線はこの総武鉄道線が東武野田線という名称になる前に廃止されてしまったため、実際東に東武西に西武になったことはありませんでした。

期待していたのに残念・・・

 

どのような経緯で廃止されてしまったのかは、後ほど説明いたします

 

 

実際に大宮駅の近くを歩いてみた

ここからは、当時の地図に沿って、実際に大宮駅周辺を歩いてみました

西口新幹線乗り場がある場所から発着

先ほどの地図にもあったように、大宮駅からは西口、ちょうど新幹線ホームがあった場所から発着していたといいます。

昨日もあげたように、周りに何もなかった大宮駅西口

当時の人は、80年近く経って、こんなに発展するとは思いもしなかったでしょうね

ちょうどダイエーのところに工場前駅

駅を北側に進む電車は西口のダイエーのところで西に90度カーブします
このカーブの手前には、工場前という駅があったといいます

ちょうど大宮工場の前だったから、その名がついたのだとか

NACK5の本社があるJACK大宮の前を通ります

ちなみに西武はNACK5の一大スポンサーでもあります。

なんたる偶然・・・

 

その後電車は聖愛幼稚園の前を通って西に進みます

大成にないのに大成駅

そして電車は旧国道と交差


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交差してちょっと行ったところ、西武バスの「所沢新道」のバス停がある場所に3つ目の大成駅があったと言います

ちなみにここの住所は大宮区桜木町・・・

 

 

この後電車はこういうルートで川越を目指して行ったといいます。

信じられます?

しかし、廃・線

突貫工事で穴だらけ

前回も取り上げたように3ヶ月の突貫工事で開通したこの路線

それだけの期間だと、当然軌道の地固めが不足してしまいました。

そんな軌道を電車が通ると、ますます軌道がガタガタになるというもの

地元からは改善要望が出されましたが、資金難などでなかなか進みませんでした。

そこで地元はに国有鉄道敷設期成同盟会を結成し、川越〜大宮間の国鉄誘致運動を開始したといいます。

そんな呆れられていたの・・・

とうとう脱線事故が発生

こうした中で車庫に火災事故が発生。

急遽中古車両を補填し、運行を再開しました。

ただでさえガタガタの線路なのに、オンボロの中古車両。

事故が起きるのは容易に想像できます。

そうして1931年にはとうとう大宮の三橋で脱線事故が起こります。犠牲になったのは川越市の中学生であったということで、この西武大宮線の問題が一大スキャンダルとなりました。

そして廃止運動に

この事故後も同線は路盤や車両の老朽化からくる故障や脱線を起こし続け、とうとう地元から廃止運動が起きる事態にまで発展しました。

具体的には大宮線の乗車ボイコットや、大宮線に代わるバス路線の運行の要望。

西武側もこれに折れて、1933年から大宮線に沿った形でバスの運行を始めました。

 

川越線開通でとうとう廃止・・・

また、1934年に兼ねてより要望していた国鉄(現JR)川越線が敷設されることが決まり、大宮線の廃止は決定的なものとなりました

そして1940年に国鉄川越線が開業し、川越〜大宮間を約29分で結ぶようになりました。

 

スピードアップもしていたものの、時間的には45分と1.5倍近くかかり、軌道もガタガタの大宮線はますます乗客が減少し、ついに1941年2月25日に廃止となり、バス路線に切り替えとなりました

 

なお、1944年に大宮駅の東側に発着していた総武鉄道が、東武鉄道の傘下に入り、東武野田線となりました。

あと3年生き延びていれば、名実ともに東は東武で西に西武になれたものを・・・

 

 

ひょっとしたらまた大宮に路面電車が?

大宮と埼スタを結ぶ東西交通大宮ルート

そうして西武大宮線が廃止となり、70年以上経ちましたが、

現在さいたま市には東西交通大宮ルートという交通機関の構想があります。

これは、大宮駅と埼玉スタジアムを結ぶ交通機関を作るというもの。

京浜東北線のようなバリバリな鉄道路線ではなく、それこそ次世代型のLRTのような、路面電車の走行が盛り込まれています。

 

費用面や用地面でまだまだ構想段階ですが、大宮にまた路面電車が走る可能性も0ではありませんね。

 

長々となりましたが、以上になります!

明日は更新できるかな?

 

ではでは、気をつけて帰ります!

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