■「女性の声に耳を傾けない限り、そこに真の民主主義はありません。女性に自分で自分の人生の責任を負う機会が与えられない限り、そこに真の民主主義はありません。すべての国民が自国にいながら人生を全うできない限り、そこに真の民主主義はありません」
ファーストレディや国務長官を経験し5年前のアメリカ大統領選挙にも出馬した、ヒラリー・クリントン氏の言葉だ。
同選挙では一般投票ではドナルド・トランプ前大統領に勝ったが選挙人投票で敗れたが、史上初の女性大統領まであと一歩に迫った。敗れはしたものの互角に戦った様は記憶に刻まれている。
■昨年2020年は政府が進める2030運動の期限年であった。これは同年までに管理職など指導的地位における女性の割合を30%にするという取り組みだった。
しかしながら、帝国データバンクが先月発表したところによると女性管理職の平均割合は過去最高ながらも8.9%にとどまっている。
キャリアデザインセンターの調査によると約55%の女性が管理職になりたくないと答えており、その理由として「責任が重くなる」「残業時間が増えそう」「自分に自信がない」といったことが上がっていた。一方で6割近くが職場に尊敬できる女性の管理職がいることが管理職になりたいという気持ちに影響すると答えていた。
列国議員同盟が3月に発表した各国の女性議員の割合でも日本は9.9%と、世界平均の25.5%に大きく後れをとっている。
男女同権が叫ばれていながらも、家庭との両立や男性主体の社会の影響などで女性が指導的地位に立つにはまだまだハードルが高いのが今の社会である。
■その一方で、永田町では思わぬ形で男女同数が実現した。本日議員投開票・党員開票が行われる自民党総裁選だ。
菅首相の総裁任期満了に伴う同選挙では、麻生派に属し菅首相も支持する河野太郎氏と前年の総裁選にも出馬した岸田文雄氏、そして高市早苗氏と野田聖子氏が立候補している。
ネットや世論での人気が高い河野氏と支持議員数の多い岸田氏の動向が日々取りざたされている。それでも立候補者の男女比は1:1となっているのは注目に値する。同選での女性の立候補は2008年の小池百合子現東京都知事以来というが、次期首相の有力者を決める選挙において男女同数となったのは前代未聞であり大変意義深い。
得票数が全てではあるが、初の女性首相が誕生する可能性もフィフティーフィフティーだ。
■多くの民意を政治に反映するのが民主主義のあるべき姿である以上、性別や生まれや人種などに関わらず多様な属性を有する人々がそこに参画してしかるべきである。「議員数を減らせ」という声もあるが、より多様性を求め民主主義の理想を体現するにあたっては頭数を減らすのは好ましく無い。
先のヒラリー氏の言葉にもあるように、当然女性の声も取り入れなくては民主主義が成り立つはずもない。前述した通り職場に尊敬できる女性の管理職がいると管理職になりたいと考える女性も増えてくる。となると、より多くの女性の声を取り入れ参画を促すために、女性が権力の最高峰たる首相の座に就くことは大いに影響を与えうる。
性差を生まないようにすることが大前提であるが、社会の勢力図が大きく変わることも予想される。イギリス初の女性首相であるマーガレット・サッチャー氏(1925〜2013)は「政治において、言ってほしいことがあれば、男に頼みなさい。やってほしいことがあれば、女に頼みなさい」と言ったが、思いがけない行動力を有する女性も多い。男社会では考えもつかなかったような取り組みが行われよう。
■今までの例からして男女同数となった同選は前代未聞であるが、この総裁選が一つのターニングポイントになるかもしれない。たとえ女性首相が誕生しなくとも先例として残るし、奮起する女性もいよう。
一年延期となった東京五輪も終わり、国民の半数にワクチンが行き渡ってコロナの新規感染者数も8月中旬をピークに急減するなど、不安要素は依然として多いものの社会全体が落ち着きつつある。そうなってくると、医療体制の充実とともにコロナ禍で大打撃を受けた経済や国民生活の再生への機運が高まる。
そのような時期に行われる同選は、男女同権の民主主義の実現やコロナ禍からの再生という二重の意味でターニングポイントになりうる。
社会の再生と「前代未聞」が「当たり前」となる進歩に向けた一戦が今まさに幕をあける。