■「日本という国の活力源は企業です。多くの企業が依然強く、国際競争でも健闘している。強い技術力を持ち、イノベーションを起こし続けてもいます。そうした中、日本の課題は企業がより力強く成長できる環境を整備し改善していくことだ」
ファイブフォースやバリューチェーンといった競争戦略手法を提唱し現代経営学の礎を築いた、ハーバード大学経営大学院教授のマイケル・ポーター氏の言葉である。
新興国が台頭するグローバル社会下で苦戦を強いられるところも少なくないが、日本企業が高い技術を持つことに疑いはない。
同氏はそういった企業こそが日本の競争優位の源泉と捉え、その成長を後押しすることを強く提唱した。同氏に因み、イノベーションにより高い収益を上げた企業に対してはポーター賞が贈られている。
■「ちょっと一発、遠藤のおっちゃんあたりを脅しておいた方がいいよ。どこか象徴的に干すところを作らないと、なめられちゃうからね。やるよ本気で、やる時は。払わないよ、NECには、基本的には」
下請いじめを彷彿とさせる上記発言をしたのは、平井卓也デジタル改革担当大臣その人だ。
東京五輪で使用する海外来訪者向けの入国手続きや健康管理を行う政府開発アプリについて、NECが顔認証機能を担当していた。しかし海外からの観客受け入れを見送ったことで同機能が廃止となった。
その分の費用を同社側に支払わないようIT総合戦略室の幹部へ指示した際に、上記のように発言した。同社や遠藤信弘会長に脅しをかける発言を平井大臣は陳謝している。
■トヨタやパナソニックといった世界に名だたる大企業こそあれど、この国の大多数の企業は資本金3億円以下ないし従業員数300人以下の中小企業や小規模事業者だ。
2016年時点で約359万者の事業者が存在するが、中小企業および小規模事業者が358万者と99.7%を占めている。従業員数でも約7割を占める。
ニッチャーとしてユニークで独創的な商品・サービスや経営手法で注目される中小事業者もいるが、親事業者や大企業からの請負で収益を確保している者も多い。2017年度の調査では情報通信業で36.2%、製造業で17.4%の事業者が受託事業者となっている。
親事業者から独立して設立される中小事業者も多いゆえ、これら事業者と請負は切っても切れない関係にある。
■しかし親事業者が優越的地位にいるのを利用して受託代金が正当に支払われない・不当なやり直しを命じられるといった下請けいじめが社会問題となった。受託事業者を保護するために下請法が制定され、下請け駆け込み寺も全国に設置されている。
NECの場合は大企業であり同法による保護対象外にはなる。それでも、正当な請負契約を奨励すべき行政側の人材がこのような発言を行うことに、怒りや呆れを感じずにはいられない。
大企業は例外ということはなく、請負企業を下にみる意識が残っているからいつまで経っても下請いじめがなくならない。行政やトップ企業から下請いじめを受けている事業者が、さらに川下にいる受託事業者を叩く。このような負の連鎖が起きているような気がしてならない。
■ポーター氏の言うように、日本の競争優位の源泉は絶えずイノベーションを続ける企業の存在であり、その大多数を占める中小事業者にとって請負という形態は切っても切れない。
それを鑑みるに、請負の否定は自らを否定することに他ならない。まして今回請負を否定したのは他ならぬ行政側の人材である。自分の国が請負企業の存在によって成り立っているのに、それを否定するのだからこれほど愚かしい話はない。
■小生自身も請負に携わった経験があるだけに、今回の発言は決して人ごとではないと感じている。
ビジネスの原則は等価交換であり、そのためには対等な関係が本来は望ましい。しかし、「お客様は神様」という言葉にあるように実際のところ日本社会においては買い手優位と思われる場面も多い。
安く買えるのはうれしいが、結局末端の企業が損をする。そしてそこで働く人々にもしわ寄せが及び、モチベーションが削がれてしまいかねない。そうなると今までのような商品やサービス提供は難しくなってくる。
■ビジネスだけでなく、何事においても裏で汗をかく人々へのリスペクトがなければ社会は成り立たない。それが嫌なら自給自足するしかなかろう。
人は一人で生きていくことはできないし、そういった人々が集まることで皆で支え合って生きていく仕組みこそが社会なのだ。
請負契約だといっても最後は人対人だ。リスペクト無くして契約が成り立つことなど、ありえない。