【埼事記 2021/2/23】誠実第一で信頼回復を 曙ブレーキに課された使命

■「私は長い一生のうちに、善い正直な仕事をしない会社が成功したのを見たことがない」

人類史上に残る富豪アンドリュー・カーネギーの言葉である。

カーネギーは織物工場の作業員から電信会社社員や鉄道への出資を経て、カーネギー鋼鉄を興し世界最大の収益をあげ鋼鉄王とも称された。まさにわらしべ長者のような人生であったが、上記の言葉はそのような彼の生き様を表す言葉ともいえよう。

■一方で今日、埼玉県にも深いつながりのある企業の不正が問題になっている。羽生市に本社を置き自動車用ブレーキ生産を主な事業とする曙ブレーキ工業だ。

北米事業の不振から一昨年に事業再生ADRを受けている同社だが、先週2/16に10万件以上製品に不正があったと公表した。岩槻を含む国内4工場において、少なくとも20年前から顧客への定期検査報告データ改竄や過去データの横流しなどを行ってきたとされる。

トヨタや日産など国内10の完成車メーカーに納入されているが、公差内で中央値を修正したため性能には問題がないという。

■タカタ(2017年経営破綻)のエアバック問題が5年ほど前に取りざたされていたが、エアバックしかりブレーキしかり自動車において人命に係る大切な部位になる。いざという時にブレーキが効かなければ、大惨事を引き起こしかねない。

たとえ性能に問題がないとしながらも、このような不正は到底看過できるものではない。安全への意識欠如がエンドユーザー、もっというと社会に対する背徳へとつながっている。

■何よりお粗末なのは、このような不正が20年近く前から行われてきたと言う点だ。

今から20年前というと2001年頃になるが、ちょうどその頃大企業の不正が社会問題となっていた。よく知られているのが、春日部市にも製造拠点があった雪印グループの不正だろう。停電により毒素が生じた脱脂粉乳の隠蔽を起点とする乳製品の食中毒にはじまり、BSE問題下における食肉の産地偽装で社会の信頼を大きく損ね、事実上の解体を余儀なくされた。

■そして同時期に発覚した同じ自動車の不正として挙げられるのが、2000年の三菱リコール隠しだ。同事案では20年近くにわたり約69万台におけるクレームを運輸省(現:国土交通省)に報告せず、社内で隠蔽していた。その結果欠陥車による事故が相次いで発生し、2002年には横浜市において、走行中の三菱製トレーラーの左前輪が外れて道を歩いていた母子に接触するという死亡事故も発生している。

同じ自動車業界でも不正が明るみになっていた中で、同社の不正が始まっている。まるで時代に逆行するかのように。なんと評すべきか適した言葉が浮かばない。

■言うまでもなくエンドユーザーの信頼を損ねた同社の不正も、決して許されるものではない。再発防止・安全倫理の遵守に向けて社内体制の抜本的な改革が求められる。

それでも、倒産や事業廃止ということは避けたい。地域にとっては経済面で少なからぬ影響を与えている存在であるし、何より同社で働く社員や製品を使い続けるエンドユーザーのためにもだ。何か相談があっても「事業廃止で窓口が変わりました」では浮かばれない。

一度損ねてしまった信頼は、賠償や事業廃止ではなく事業を通じて取り戻すより他ない。そこまでの道のりは決して平坦なものではないだろう。しかし同社にも今までに培ってきた技術や実績が確かにある。それらに安全性・誠実性という要素を加えれば決して不可能ではないはずだ。

■正直者が馬鹿を見るということもあるが、何にしても誠実さが大切である。嘘は最後まで隠し通すことはなかなか難しいことではあるし、最後はやはり誠実さが勝る。

人の命を背負う事業だけになおさらだ。

冒頭の言葉に加え、カーネギーは斯くも評している。

「大事業というものは厳しい誠実さの上にだけ築き上げられるものでそれ以外の何も要求しないのである」

誠実さの車に乗り、真の「曙」を目指す同社の再出発が待たれる。

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