
医療技術が進歩している中、未だ多くの人々が苦しんでいる病気の一つにがんがある。こと乳がんや卵巣がんなどにより、抗がん剤治療で髪を失う女性の気持ちは計り知れない。
そのような中、髪を失った患者に寄り添い医療用ウィッグの作成や地毛デビューに向けたサポートなどを行うのが再現美容師だ。
日本ヘアエピテーゼ協会の認定を受け県内で同活動を展開する、再現美容師・毛内英克氏にその活動内容や魅力などを伺った。
ヘアエピテーゼとは?
セミオーダー型の医療用ウィッグ
エピテーゼとは、義手や義足などのように欠損した体の一部を型どり装着することを意味する。
(日本ヘアエピテーゼ協会HPより)
これを髪の毛に当てはめたのがヘアエピテーゼにあたる。
主には再現美容師という特殊技能を有する美容師が、セミオーダーの医療用ウィッグを用いて患者の髪が抜ける前のヘアスタイルを再現する。
もちろん大手のウィッグメーカーも医療用ウィッグを製造しており病院にもパンフレットがあるが、既製品であるため周りから見ると不自然にも見えるし価格も高い。
その点ヘアエピテーゼでは髪が抜ける前の髪型をもとにウィッグを作成するため自然な仕上がりであり、患者本人の気持ちも反映しやすい。価格帯も平均すると10万円前後で、大手メーカーの平均の約40%に抑えられる。
患者に寄り添うサポートも
特にがん告知により一種のパニックに陥る患者にしてみれば、抗がん剤で髪の毛が抜ける状態であっても病院自体にそのことへのサポートがないケースも多い。
そこで長年の経験をもとに、抜ける前から相談に応じるのも再現美容師の大きな仕事だ。
また抗がん剤治療後には地毛も生えてくるが、その時も人目が気になって困るという患者も多い。そこでウィッグをつけるだけでなく外すところまで患者に寄り添ってサポートを行うのも大きな特徴である。
このほかメイクレッスンや患者同士の交流など、外観だけでなく心のサポートにも積極的だ。
日本ヘアエピテーゼ協会について
我が国において2006年より同活動や再現美容師の育成を展開しているのが、NPO法人日本ヘアエピテーゼ協会だ。
(同協会HPより)
現在全国40の主要都市に認定サロンがある。
埼玉では後述する「HAIR SAISON K’Palette」(大宮区)と越谷市に認定サロンが存在する。
ヘアエピテーゼの施術や普及だけでなく、同じがん患者同士の交流ができる茶話会も定期的に開催している。
美容を通じた「恩返し」
なぜ再現美容師の道へ進んだのか、その経緯を聞いた。
もともと洋服店に勤務していたという毛内さん。いとこの美容師の影響で美容師に転身し、30年以上現場に立っている。
しかしそのいとこは9年前に亡くなった。立て続けに現在の「HAIR SAISON K’Palette」を立ち上げるまでお世話になっていたサロンのオーナーも亡くなった。
今このように美容師として活躍しているのはこの二人のおかげなのに、何も恩返しもできなかった。そのような日々に悶々とした気持ちを抱えていた毛内さん。
「美容を通して恩返しできないか」そう考える中で、医療用ウィッグを扱う同協会と出会い認定試験を1年がかりで受けたのがその経緯だ。
辛かったところ
そのようにして再現美容師として歩みだした毛内さんだったが、いざ病院にヘアエピテーゼのパンフレットを置こうにも大手カツラメーカーの存在もあってなかなか置いてもらえないということもあった。それゆえ、自分たちの活動をなかなか理解してもらえなかったことが辛かったという。
今では患者間の口コミや看護師からの紹介で毛内さんのもとを訪れる患者も増えている。
また、テレビ・新聞や地域のフリーペーパーなどにも取材を受け、特に女性記者をはじめとした女性から信用を得ている。
今までの実績
毛内さんが今まで手がけた患者数は1000以上を数え、乳がんや卵巣癌など女性特有のがんを患った女性が多い。地毛デビュー後も、一般のお客に混じって通う者も多いそうだ。
中には他社でウィッグを買ったにも関わらず、サポート対応が不十分ということで来店する患者もいる。
他にもさいたま市から依頼を受けて、アピアランスケアに関する研修を美容師と認定看護師に行うこともある。
ウィッグ作りのこだわり
1000以上の例はあるものの、失敗が許されないだけに毎回が真剣勝負と毛内さん。
毛先のケアも含めると、患者一人と向き合うだけでも1日分の体力を使うこともある。
それでも思いが強いからやめたくないし、女性にとって髪の毛は命だからこそ治療に安心して専念できるようにと毛内さんは思いをかける。
マンツーマンでじっくり向き合いたいという思いから、店舗自体も予約制をとっている。
一番印象に残っているお客
今まで多くの患者と向き合ってきた毛内さんだが、一番印象に残っているのは最初に対応したお客だという。
ご主人と娘さんとで来店したが、ウィッグづくりにあたって話しているうちにご家族で泣き出してしまったという。
そんな中でもいざウィッグが出来上がると、そのお客は涙を流して喜んでくれた。
そこから普通のサロンワークでは味わえない感動があり、毛内さんはやりがいを感じられた。
そのお客については最終的にウィッグを外すまでサポートできたが、家族にも話せないようなことも話すことができて外観だけでなく精神的にも支えになったことだろう。
それでも来店後に残念ながら亡くなるお客もいる。共に病気に立ち向かうパートナーとして、その患者が亡くなった時は毛内さん自身も大いにショックを受ける。
それでも死後に患者の主人や家族が店舗に挨拶に来て、患者の生前の想い出話に花を咲かせることもあるそうだ。