ちゃんと愛ある本庄市 その2 蔵もまだまだ現役ー旧中山道沿いの街並み

本庄駅を後にし、いよいよ本格的に本庄の街を巡っていく。

中山道最大の宿場町となり明治時代に入っても養蚕で栄えただけあり、特に旧中山道沿いには古い建物が残り往年の街並みを形成している。

レトロな建物並ぶ旧中山道沿い

同駅から北へ3分ほど歩くと旧中山道との交差点にぶつかる。こちらを駅から見て左折する。

沿道にビルやマンションなど高層建築物は少なく、商店や住宅など低層建築物が建ち並ぶ。

築160年超の蔵が現役!?

そんな沿道を歩いていて感じるのが、蔵などレトロな建物が非常に多いことだ。

1858年の江戸末期・安政年間に建てられた上画像の蔵は一見すると使われていないように見えるが、実は現役で使われている。

と言っても本来の貯蔵庫としてではなく、美容室藏髪(くらっぱ)としてリノベーションされて使われている。

2階部では占いなどのイベントも時折開催されており、地域のコミュニティの場として機能している。

オフィスとしても利用

さらに西に進んで宮本町に入ると、北に蔵が3軒建ち並んでいる地区がある。

こちらは宮本蔵の街。手前の旧中山道沿いで黒漆喰の一の蔵と白壁の二の蔵は明治初期〜中期に、奥の煉瓦造りの三の蔵は大正時代に造られたものだ。

もともとこの3つの蔵は清酒「力士」などで有名な小森商店の貯蔵庫・店舗として使われていたが、2009年に撤退。2010年に市民グループ・本庄まちNETの保存活動により蔵の街として生まれ変わった。

各蔵には建築事務所などのオフィスやカフェが入居。100年以上経ってもなお地域の商工業や景観に大きな役割を果たしている。

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時代先端のレンガを導入ー旧本庄商業銀行煉瓦倉庫

そんなレトロな建物が建ち並ぶ旧中山道沿いには文化財に指定される建造物も多数存在する。

まず紹介したいのが、旧本庄商業銀行煉瓦倉庫

約31m×8.5mの内法で長方形平面となる同倉庫は、明治時代の1894年に建築。明治時代に養蚕で栄えた同市域において旧家出身の有力者達によって、繭を担保とした資金貸付を目的に造られた。

繭を蓄えるためキングポストなど通気性に留意して設計されたが、壁面には深谷・日本煉瓦製造で造られた煉瓦を採用。当時最先端の技術を採用した格好だ。

同銀行解体後はローヤル洋菓子店の店舗兼工場などとして利用されてきたが、1997年に国の登録有形文化財に指定。

同店撤退後の2011年に同市に接収され、改修を経た上で2017年より地域住民の交流拠点として機能している。

第一線で活躍ー旧本庄仲町郵便局

同倉庫より駅寄りとなるが、シャッターが下りて使われていない建物がある。

これは2019年12月まで現役の郵便局として利用されてきた旧本庄仲町郵便局

同所は本庄出身で秩父セメント創設者の諸井恒平が1934年に築いたもの。木造二階建で1階は郵便業務用、2階は電信電話業務用とされた。

外壁をタイル張りとした得意な外観は当時世界的に流行したアールデコ調に仕上げられており、昭和初期の地域における歴史的景観を留めるものとしている。

以来戦間期、高度経済成長期を経て郵便局として使われてきた同所。1998年には国の登録有形文化財に指定された。

現在はシャッターが下りているが、つい半年ほど前の昨年12月までは現役の郵便局として利用されてきたという(ビバホーム本庄に移転)

郵便局ではないものの、県内ではりそな銀行川越支店(7月に川越南支店に移設予定)や武蔵野銀行行田支店が国の登録有形文化財に指定され現役で利用されている。

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