先日の土曜日にムーミンバレーパークがオープンした飯能市のご紹介に戻ります。

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飯能河原近くのお寺

詳しい由来は不明も…

さて、飯能河原を後にしてやってきたのが、前回ご紹介した中央地区行政センターの向かいにある観音寺です。

空海が始めた真言宗から安土桃山時代に派生した、智山派を信仰するお寺です。

同寺の詳しい由来は不明ですが、江戸時代には当時飯能市や日高市などにかけて存在した高麗郡三十三ヶ所霊場の一つとして多くの信仰を集めていました。

そうして時代は明治維新へと移行していくのですが、戊辰戦争の戦いの一つで1868年5月23日に発生した飯能戦争の際には幕府軍が立てこもった境内はことごとく焼失しました。明治時代に入った1883年に再建され、今に至ります。
この飯能戦争については次回以降の回で紹介いたします。

埼玉最古の七福神

正面から入って突き当たりを右にみたところにあるのが本堂です。中には本尊の如意世輪観音が置かれ、その天井にはときがわ町の慈光寺にあったような木馬が左右向き合って吊るされているのだそうです。

その隣にあるのが不動堂。堂内には武蔵野七福神の一つ、寿老人が安置されています。長い巻物と長い杖を持ち仙人の姿をした寿老人。信心すると長寿・富裕・積徳・無病息災・天命の全うという五福をあやかることができるといいます。

この武蔵野七福神というのは、1931年に発足した埼玉県内最古の七福神。観音寺を含む周辺地域の以下の寺院が対象となっています。

  • 布袋尊:山口観音(埼玉県所沢市上山口2203)
  • 大黒天:長泉寺(埼玉県入間市豊岡2丁目2-8)
  • 弁財天:円照寺(埼玉県入間市野田158)
  • 毘沙門天:浄心寺(埼玉県飯能市矢颪222)
  • 恵比寿:諏訪神社(埼玉県飯能市飯能263)
  • 福禄寿:円泉寺(埼玉県飯能市平松376)
  • 寿老人:観音寺

観音寺も含めれば、飯能市内が過半数を占めるのですね。各寺では御朱印を受けることもでき、専用の色紙も販売しているということですよ。

お遍路さんも巡っちゃお!

そして不動堂の前にあるこんなスポット。これは一体なんだろう?

これはお遍路さんで知られる四国八十八ヶ所霊場お砂踏所。

同寺では1988年より檀家の皆さんと3年がかりでお遍路さんを巡ったのですが、その際各寺から境内の砂を頂戴して、その砂を撒いた場所がこのお砂踏所なのです。

「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と唱えしながら左のほうから時計回りにゆっくりとこの踏所を回ることで、お遍路さんを巡ったのと同じご利益が得られるということですよ。

ザクロが縁の飯能鬼子母神

場所は戻るのですが、正門横には飯能鬼子母神が祀られています。

安産や子育てにご利益のあるこの鬼子母神が設けられたのは、2007年とつい10年ほど前のこと。

鬼子母神といえばザクロを手に持っていることが多いのですが、ここ飯能はザクロの一大産地なのです。そういう背景からザクロの里飯能の象徴として、飯能商工会議所青年部が創立時から進めてきた飯能名物づくり事業の一環でこの鬼子母神が設けられました。

お堂に収められた鬼子母神像は、飯能在住の彫刻家・佐藤敏明氏の手で西川材のヒノキから掘り出され、お堂も吉澤良男氏をはじめとした地元建設関連企業の熱意と寄進によって作られました。また、お堂の下には空海が遣唐使として学んだ長安・青龍寺の土が埋められており、共にザクロの街である西安と飯能をつなぐ架け橋になっています。

他にお堂の前には鬼子母神とその周りに集まる子どもを象ったフォトパネルもあり、記念写真も撮影できますよ。

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