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【愛と哀しみの埼玉の歴史】移行15周年・政令指定都市さいたまはこうして生まれた その4

お世話になっております。

これまで3回ご紹介してきた、政令指定都市さいたま市誕生編は今回がラストになります。

果たして、さいたま市は無事政令指定都市に移行できるのか…?

 

 

政令指定都市移行決定!

内閣で運命の審議

さて、前回もお伝えしたように、総務省に向けて正式に政令指定都市への移行を要望したさいたま市。

総務省への要望を受けて、内閣でも審議が行われることとなりました。

これも常識かと思いますが、政令を定めるのは内閣府なんですよねぇ。法律を作るのは国会ですけど。

 

国からのお許しをゲット!

そして、2002年10月30日運命の審判が下りました。

審議の結果地方自治法第252条の19第1項の指定都市の指定に関する政令の一部を改正する政令が公布され、これをもって、さいたま市が翌2003年4月1日に政令指定都市に移行することが、正式に国から認められたというわけであります!

こちらが同日発行された官報です。

ちょっと見づらいのですが、「平成15年4月1日からさいたま市を地方自治法第252条の19第1項の指定都市として指定することにした」と確かに記載されているのがわかります。


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移行準備いよいよ大詰め

そんなこんなで政令市への移行が閣議決定したさいたま市。

移行まで半年足らずとなりましたが、移行準備も急ピッチで進んでいくこととなりました。

 

市民の利便性第一の行政へ

先にあげたように、区役所の開設も急ピッチで準備が進められていましたが、その区役所を中心に行われる行政サービスも、大都市にふさわしい市民第一のものになるよう設計が行われることになりました。

具体的には以下のような感じです。

  • 児童相談所、こころの健康センターの新設
  • 建設事務所の設置
  • 区役所へのコミュニティ課の新設
  • 区役所への保健センターの新設
  • 区役所から半径1km以内の支所や出張所の廃止
  • 市内郵便局への各種証明書交付事務の委託

政令市になると児童相談所などの設立も市単位でできるようになるのですが、そのメリットを最大限に生かした格好ですね。

 

証明書の交付は郵便局へ

面白いのが郵便局への証明書交付事務の委託ですね。区役所ができると支所や出張所がいらなくなるということで廃止をおこなうのですが、それによる行政サービスの低下を補う策となっています。

ちょうどさいたま市が誕生した2001年から各自治体が地域内の郵便局にこうした事務を委託できるようになり、うまく乗っかった感じですね。

詳細はこちらから。

 

ちなみに、2012年からは市内のコンビニでも各種証明書の発行ができるようになっています。(住民基本台帳カードが必要です)

 

人事体制も万全

この4月で異動や昇進された方も多いと思いますが、区役所の開設にあたっては各区役所で職務にあたる職員が必要になります。

移行まで3か月となった2003年1月に、まずは区役所配置職員の人事異動内示を先行して実施しました。配置にあたっては合併以降の3つの総合行政センターを9分割し、加えて市役所本体から170名余りを転出させました。

また、市役所本体の人事も通年よりも早い同年3月7日に実施しました。

 

財政特例を最大限に活用

そして市政に大切なのが、なんといってもお金。

政令市移行に向けて初の予算となる2003年予算は、大都市制度における財政特例を最大限に生かしたものとなりました。指定都市になると一部の税を増額できたり国からの地方交付税交付金が増えたりと、財政上の特例を受けることができるんです。

一般会計の予算総額は、移行に伴う財源の拡大や県からの移譲事務の増加などで、前年比12%増の3335億円となり、特別会計や企業会計を含めた予算総額は前年比8.8%増の5993億円にまで拡大しました。

さらに各区役所独自の予算を建て、各区ごとに1億円ずつを割り当てました。


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県からの事務引継式

そして、移行を翌日に控えた2003年3月31日、知事公館において埼玉県からの事務引き継ぎ式が執り行われました。

冒頭政令市移行への経緯の説明がなされ、その後出席した土屋県知事と相川市長によって事務引継書に署名が行われました。

署名後、土屋県知事からは県と市は一心同体であり、県を代表する都市として一層の発展を期待する旨が、相川市長からは引き継いだ事務に関して市民サービス向上のためにもしっかりと遂行していく旨、それぞれ挨拶がありました。

 

短い期間ではありましたが、政令指定都市移行に向けての手続きは、これですべて終了となりました。

 

 

政令指定都市さいたま誕生

あの歌も誕生!

こうして今から15年前の2003年4月1日にさいたま市は政令指定都市へと移行しました。

同日、さいたまスーパーアリーナで記念の式典が行われ、各区の紹介やビデオ上映、市長や県知事からのあいさつなどが行われました。

そしてこの時、あの歌も披露されることとなりました。

各方面で話題を呼んだ市の歌「希望のまち」です!

政令市移行の記念事業として移行前年の2002年8月から歌詞の公募を行い、その最優秀作品をもとに市出身のタケカワユキヒデ氏の作曲で完成しました。

大宮・さいたま新都心・与野・北浦和・浦和駅の京浜東北線ホームの発車メロディーとしても使われています。


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記念事業続々

ちょっとたくさんあるのでかいつまんで説明いたしますが、移行を記念した記念事業もたくさん行われました。

その一つがさいたまシティカップ。

同年6月4日に埼玉スタジアム2002で浦和レッズと当時小野伸二選手が在籍していたオランダのフェイエノールト・ロッテルダムとの試合で、2-2の引き分けでした。

あいにくの雨模様でしたが、52000人もの観客を集めました。

さらに同年8月10日には、合併後も旧地域で各々行われていた花火大会を集約したさいたま市花火大会が荒川運動公園で執り行われました。

関東最大級の2尺玉9発を含む15000発もの花火が打ち上げられ、約80万の観客を魅了しました。

とはいえ、あまりアクセスがよろしくなかったらしく、以前と同じように市内各地での開催に戻ってしまいましたがね…。

 

10番目の区誕生

こうして9つの行政区で始まった政令指定都市さいたま市ですが、それから少し経った2005年4月1日に10番目の区が誕生しました。

ご存知岩槻区です。

さいたま市の誕生当時は構想はなかったようですが、旧岩槻市ではたびたび合併構想が上がっていて、2003年の住民投票の結果をもってさいたま市との合併への賛成票が過半数を占め、さいたま市に合併協議を申し入れました。

さいたま市もこれに応えて、2005年4月1日をもってさいたま市に編入されることとなりました。

その際、新たに行政区が設けられることになりますが、こちらは旧市の名前と区域をそのまま生かした岩槻区となりました。

 

 

ちょっと間が空いてしまいましたが、以上で連載を終えます。

お付き合いいただき本当にありがとうございました。

 

おわり

 

過去記事一覧

(資料出典:「政令指定都市化への歩み」さいたま市 2004年発行)

 

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